孤軍、 田舎モデラー奮戦記

自己満足に浸っているプラモデラー日記
<< September 2011 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
 
 
スポンサーサイト
この広告は60日以上更新がないブログに表示されております。
新しい記事を書くことで広告を消すことができます。
- | | - | -
おーい、新高山だよー 生きてるぞー
JUGEMテーマ:趣味
 本隊と、連絡を絶って、約2年近く、ご心配をお掛けいたしました。
この2年近く、いろいろありました。幸い我が部隊員は、全員意気健康、全力発揮に、損傷無しです。
現在の問題は、我が部隊の電探の、動きが、遅いこと。色々手段を労し、いくぶん速くは、なりましたが、デスクトップ型への装備改変は、免れない様です。それよりも、なによりも、一番部隊への打撃は、我が部隊内で、一番、練度未塾である二等空兵に、カメラを貸しほんの何分の間に、見事、原因不明の故障に陥って返って来たことです。部隊への損傷は、計りしれません。
この国難の時代に、このような娯楽品を、装備する力量は、我が部隊には、悲しいかなありません。
戦機を待つしかありません。皆様にお見せしたい、新しい兵器もあるのですが、暫しお待ちあれ。
本日は、久々の電探が、通じ近況報告ということで、この辺で失礼いたします。
次回からは、この2年間の部隊の奮戦ぶりを、少し報告いたしましょう。
デワ、デワ、、、、
ルソンの一式砲奮戦す
一式ー4皆様、長のご無沙汰お許し下さいませ、新高山です。
絶え難きを、耐え、忍び難きを忍びなんとか、生きております。


一式ー3毎日ボロボロの状態で前線より帰宅し、一杯の焼酎で戦塵を落とし、そのまま泥の様に眠るという日が続いております。お国の為です、しかたありません。


一式ー2そんな中、使命感に即されて、電探の前に座るのですが、我が前線基地は、今だ光通信が、装備されてないせいか、動きが非常に遅く、銃剣でキーボードを突き刺しそうになる衝動を、なんとか押さえ、またの機会を待つ日が続いておりました。


一式ー1風香る五月に入り、劣勢極まりない、戦さ場からしばし開放され、やっと更新されると、言うわけです。


一式ー8さて、今回の一式砲ですが、私は、ほとんど、その戦さぶりに、ついては知りません。南方戦線にたどり着いた車輌は少なく、部隊は全滅しています。


一式ー7その資料が残っていれば、その奮戦ぶりが、明らかになったでしょう。日本版マーダーと言うべきか、解っていることは、実戦登用車両で、唯一連合軍戦車と渉りあえる戦車だったという事です。


一式ー6待ち伏せておいて、近距離より必殺の一撃を喰らわせ、素早く離脱するという、ヒットエンドランに徹していたそうです。敵の虚を突き繰り返し戦果を積み重ねたのでしょうか。しかし、敵の物量を考えると、まさに焼け石に水です。


一式ー6いつも妄想好きの私が、考えているのは、なんで同じ高い金を払って、同盟国ドイツから、軍事兵器を買うのなら、いの一番に連合軍から悪魔のように恐れられた、ドイツの守護神88ミリ高射砲を、国産にこぎつけようとしなかったのかと。


一式ー5当時日本の国力で、あの砲弾が生産できたかは、疑問ですが、もしも我が帝国陸軍に、ルソンの地で88ミリが、5門あれば、連合軍に一泡吹かせてやれたものを、と私の妄想は、広がるのです。


あーこんな妄想を楽しめるのも、あと二日それが終わればまた、矢玉飛び交う戦さばで、硝煙とホコリにまみれる日々がまっているのです。お国の為とはいえ、いつの世も男は、つらいものです。デワ、デワ....



最近、こんなもん作ってました。
ロボ1皆様、今年に入って二度目の、投稿です。元旦の決意もどこえやら、また、間があいてしまいました。
お変わりありませんか、新高山です。


ロボ3最近、次男が、小学校の授業参観の、後のバザーで、こんなモビルスーツを、買ってきた。参観日にバザーを、するのもどうかと、思うが、。


ロボ4作ってくれと、せがまれて気軽にサッサーと、一日のやっつけ仕事のわりには、気に入ったので、写真を、撮りました。


ロボ5まともな姿は、今しかありません。いったん渡したら最後、最前線送りで、未帰還になるやも、知れません。



HB1今年に入って、少しずつ作業していた、ヘルダイバーです。ズングリした、いかにも肉食人種らしい、デザインです。先に大馬力のエンジンを、創り、後からそれに会う機体を、作った感じです。


HB2そういえば、こんな話を聞いたことが、あります。肉食獣であるライオンなどは、獲物を、捕らえる時に、相手の首などに、噛み付き体を、ひねって倒します。


HB3つまり、ひねる筋肉が、発達しているそうです。それに対して草食獣は、地面の草や、木の葉を食べる、上下運どうです。肉食獣のような、強力な筋肉は、必要としません。


HB5人に置き換えてこの差が、もっとも解り易く、顕著に現れるのが、スポーツの世界です。狩猟民族と農耕民族とでは、かなり同じ競技を、しても使う筋肉が、ちがうというのです。なかでも、野球の、ピッチャーが、解りやすいです。


HB6私も思っていました、なんで大リーグのピッチャーは、あんなに不恰好な投球フォームなんだろうと、それは、彼らが、腰のひねる筋肉を使って投げているからです。それだけで十分なのです。


HB7しかし、我が農耕民族は、そうはいきません。上下運動の筋肉を、最大限使って速球を投げるには、無駄のない投球フォームが、必要です。日本のピッチャーの投球フォームが、綺麗なのは、その為です。


彩雲1そんな民族が、同じ飛行機を、作ると、このように、無駄のないスマートで、綺麗な飛行機を創るのです。最初に大馬力の、大型エンジンを作り、それに合う機体を作る、そんな大雑把なことは、いたしません。


彩雲2エンジンを創るにも、最大限エンジンの性能を、引き出しかつ出来る限りコンパクトにおさえる、まったく涙ぐましい、努力です。その結果出来上がった機体は、素晴らしくスマートです。


彩雲3私は、狩猟民族の、ひねる筋肉と、農耕民族の、上下運動の、筋肉の違いが、日米の飛行機のデザインの違いとして現れているとおもいます。そうでないと、あの不恰好な、機体は狙っては、出来ません。


彩雲4などと、勝手に結論ずけたところで、本日は、終わりにしたいとおもいます。元旦に投稿して以来はや三ヶ月、これが今年二度目の投稿です。わかっております、なまけず、休まず、続けてまいります。デハ、デハ....
春風献上、朝焼けに、たなびく、軍艦旗、
97-1皆様、良いお年を迎えられたことと、思います。明けましておめでとうございます。旧年中は、歯の抜けた櫛の様な、まるで持続性の無い戦況報告に、御つき合いいただき、たいへん有難うございました。


97-2今年は、なるべく歯の抜ける間隔を、狭くしていく所存にありますので、昨年同様よろしくお願いいたします。。


97-3さて、グビグビ、ダラダラの、お正月が、始まりました。御節を、つまむ前に、これだけはと思い、早朝より電探に向かい、戦況報告です。


97-4今年は、どんな年になるのでしょうかねー。防衛庁の省昇格、教育基本法改正、などなど・・・・。


97-5防衛省昇格のあかつきには、かねがね私が、望んでいた空母ニ隻を、建造し太平洋と、日本海に配備してもらいたいものです。ただし、虎の子の空母と、艦載機搭乗員は、海外派兵には、参加させないと言う、確約が、欲しいものです。


97-6妄想は、これくらいにして、今年は、どんな作品を創りましょうかねー。部隊格納庫の奥に、十年近く前から眠る、1/72の二式大艇を、なんとか部隊配備したいものです。


97-7陸ものでは、少々値がはりますが、日本戦車を、創りたいと思っています。ヴネットとやらにも、挑戦したいですねー。これは、全く経験のない分野です。


1-1などと、いろいろと書いていますが、このうちどれくらい実行できるのやら。問題は、金と、暇と、気力です。


1-2休日に、早朝より我が部隊の軍用犬、はな、の散歩に行き、またこれが一時間は、かかります、帰宅して、冷蔵庫の缶ビールを、プシュとさせれば、最後に挙げた気力は、見る間に消え失せます。


1-3思い出しました、今年は、ぜがひでも我が司令部に、エアコンを装備しなければなりません。子供部屋に摂取され、夏は、硫黄島の塹壕状態です、なんとか我が司令官殿に、折衝して装備したいものです。


1-4硫黄島で思い出しましたが、例の硫黄島からの手紙は、出来はどうなのでしょうか、最近映画館から、脚が遠のいている私ですが、小笠原兵団の戦さぶりを、どれくらい画いているか、観てみたいと思っています。


111-1話は、変わりますが、写真の爆撃機は、当時ドイツ空軍を、代表するハインケルHe111です。私は、この個性的な、機首周りが、好きです。


111-2腹に魚雷を2本抱いた、雷撃装備にしました。本当に雷撃が可能だったのか、定かではありませんが、なぜか私は、真剣で向き合うような、この戦法が、すきです。


111-4多分映画、トラ、トラ、トラの雷撃シーンの影響が、極めて大なのは、間違いないでしょう。あの映画の、発艦シーンと、雷撃シーンは、何度見てもスカッとします。


111-6年明け早々より、取り留めの無い長話が、続きました、我が家のはなはだ頼りない、お庭番の、はな、が朝食を、くれとガラスをガリガリしてますので、この辺で、新年の挨拶は、終わりにさせていただきます。


111-5彼女の体重で、これ以上されると、ガラスが割れてしまいます。こちらが慌てるのを解って、これでもかとわざとやっているのです。


111-3それでは皆様、風邪などひかれず、、正月を、お過ごしください。デワ デワ・・・・・

敵、空母群見ユ、我、桜花発射点ニ、到達セリ
陸攻ー1本日の題名のような、電文を打電できた母機が、果たして存在したでしょうか、
挨拶が遅れました、皆様お変わりありませんか、新高山です。


陸攻ー2今回は、母機に、体当たり専用の有人ミサイルを、吊り下げて、洋上遥か敵の空母群を、目指して出撃していった、一式陸攻と桜花搭乗員のお話です。


陸攻ー10私がもし、当時の日本軍兵器の中で、どれに一番乗りたくないかと聞かれれば、真っ先に人間魚雷回天と、この桜花を挙げます。


陸攻ー11十死零生の、特攻機の中でも、人が、ミサイルや、魚雷そのものに、乗って体当たりして行くのです。
なんとも、悲しい兵器です。


陸攻ー12特攻自体私は、勝算の無い、作戦とも呼びがたい行動だと思います。それなのに母機に吊り下げて、敵の見える所まで運ぶと云う、冷静に考えてくださいと、言いたくなります。


陸攻ー13そんな事が可能ならば、なにも人間ミサイルでなくても、雷撃でも可能なはずでは、ないでしょうか。、黎明、薄暮攻撃なら、生還率は、極めて低いですが、零では、ないはずです。
その戦法が通用しなくなったから、手も足も出せなくなったと云うのが現状のはずです。桜花を抱いたところで、なにも事態は、変化していません。


陸攻ー14機首に1200キロの、炸薬を積んだ重い桜花を、大戦末期ガタのきた機体の腹に抱き、錬度未熟な搭乗員が多く乗る直援隊戦闘機に護られて、まず敵艦載機の迎撃を受けます。


陸攻ー15ここでまず、ワンショット、ライターの異名を取る一式陸攻は、桜花を抱いて母機もろとも撃墜されます。一機撃墜されれば、七名の搭乗員と、桜花搭乗員の計八名の貴重な搭乗員を失うのです。一体上層部は、何を考えていたのでしょうか。


陸攻ー16運よく、敵機迎撃線を通過してもこんどは、ピケットラインが待っています。空母群本体の数十キロ手前で、敵防空艦隊の猛烈な対空砲火の、弾幕の中を、潜り抜けねばなりません。


陸攻ー17VT信管装着の砲弾幕の中を、無事潜り抜けるのは、不可能と言っていいでしょう。直撃命中せずとも、目標物を感知して、近いところで勝手に炸裂するのですから、たまったものではありません。


陸攻ー3刀折れ矢尽きて、満身創痍で、やっと敵空母群が、見えてくるのです。ただし偵察員のはじき出す進路が間違っていなければです。けして最短距離で、真っ直ぐに飛んでたどり着けるものでは、ありません。コースは、千変万化したはずです。


陸攻ー4そこでやっと、高度3500メートルと言う、非常に狙い撃ちされやすい高さから、桜花を滑空又は、ロケットを噴出させながら、突入させるのです。推力800kg×3の火薬ロケットの燃焼時間は、僅かに九秒たらずです。


陸攻ー6最大時速648キロを蹴って見事舞中すれば良し、途中操縦ミスや、機材故障で墜落という可能性もおおいに考えられます。


陸攻ー5ひとたび命中すれば、炸薬数1200キロのミサイルですから、戦闘空母でも撃沈されってしまいます。当たり場所が悪くても、戦闘不能は免れません。ただしその命中までの艱難辛苦は、いままで述べたとうりです。


陸攻ー7こんな効率の悪い、搭乗員の命を鶏毛ほどにも思わない、人間爆弾を、昭和20年1月以降終戦まで、約850機も生産したそうです。何度も言いますが、上の者は一体何を考えていたのでしょうか。こんなものは、作戦とはとうてい呼べないものでは、ないでしょうか。


陸攻ー8私は、芙蓉部隊で知られる、美濃部正少佐の戦さぶりが好きです。いったん負け始めるとカットナリ、「だめなら、華と散る」「どうにでもなれ」と日本人にありがちな短絡的な考えではなく、特攻ありきの悲惨な戦況下で、ひたすら正攻法で、地道に戦い抜いた夜間戦闘機隊長です。


陸攻ー9当時特攻ありきの無能な作戦が、跋扈する中、我が隊は、特攻隊にあらずと、海軍上層部を跳ね除け、日本人離れした、ねばり腰の強さで、終戦まで夜の沖縄の空を、主戦場に戦い抜き、かつ戦果を上げ続けたのです。この辺の話になると、また長くなりますので、この辺にしておきます。
それでは皆様、お風邪など召されないよう、次回までお元気で、でわ.でわ.....

田舎モデラーの、ひとり言
144-6早や10月も終わります。皆様お変わりありませんか、新高山です。
本日は、私がプラモデルを、童心に戻って作り始めた頃のお話です。まあ、ひとり言のようなものです。


144-4そのきっかけは、大したことはなく、近所の知り合いが、たまたま、写真の1/144のプラモデルを、楽しそうに作っているのを、見てからです。その頃(約10年前)は、まだ我が近郊では、今のように1/144ブームでは、ありませんでした。


144-1模型屋にも、パラパラとあるぐらいです。そんな中飽きもせず、144を探して、二人である模型屋に入ると、話を聞いたおやじが、奥から一抱えダンボール箱を出してきました。


144-3中を見てびっくり、あるわ、あるわ、30~40ケースは有ったと思います。宝物を掘り当てたように、狂喜乱舞した二人は、そのほとんどを、買い上げました。


144-5聞けば父親の代からの模型屋とかで、これは、その頃の在庫品とか、ある所には、有るものだと思いました。その頃は、まだひたすらエナメル塗料を、筆で塗るという技術的には、小学校当時から、そんなに変化したものでは、ありませんでした。


144-7そんなある日、私にプラモ作りを、たきつけた友人が、模型雑誌を、持って来ました。中を見てビックリしましたねー、その写真の飛行機のリアルさに、これは、やっぱりエアブラシが、必要と早速購入、さあこれからが大変、なにせエアブラシなど、子供の頃は、高値の花で触ったこともなく、なかなかまともに塗料が、噴霧されませんでした。


144-8まあそれから10年近く、大した上達も無く、あーじゃない、こうじゃないと、楽しんでいます。
趣味を何をしていいか、解らないときは、子供の頃に楽しかったことをやったらいいと云いますが、あれは、当たっていると思います。


144-9しかし、このプラモ作りにいたっては、特にこの田舎では、偏見に近いものが有ります。要するにいい年をした大人が、プラモデルなんぞ作って、何を考えているなか、成長しないやつだ、ということです。


144-10この考えは、特に50代後半に、多く見受けられます。ようは、子供の頃に経験していない年代層と、思います。それに反して模型屋に行くと、30台から40代が多いですが、中には、50代もいます。この年代で模型界は、持っていると言っても、過言では、ないでしょう。


144-11でも、いいではないですか、何と思われようと、お陰で今になって当時の戦記ものも、興味をもって多く読めました。今の学校では、結して平和教育で、空母6席による真珠湾攻撃や、世界を震撼させたマレー沖開戦などは、教えませんからねー。


144-12話は変わりますが、何処の模型屋の親父も、最近の子供は、模型を作らなくなったと、嘆いています。いまの模型界を、支えている年代が、居なくなったら、どうなるのでしょうか。私の夢は、いつか模型屋の、親父になることです。それまで皆、模型を作り続けてくれー。
以上、私のひとり言終わり、お付き合い有難うございました。
デワ.デワ...
スチュアート戦車でーけた
s-1この前少しお見せした、イギリス軍仕様のスチュアートです。デカールの中に日の丸が見えたので、説明書をみると、ジャパニーズなになにと、横文字の中に見えたので、勝手に解釈して


s-2迷わず貼り付けました。本当は、米軍仕様の捕獲車両用なのでしょうが、このツートン塗装が、やりたくて、英軍北アフリカ戦線、経由、南方戦線仕様ということで、お許しあれ。


s-3私は、連合軍、枢軸国問わず、軽戦車がすきです。特にイタリア戦車は、いい雰囲気を出してますよねー。
反対にどうしても、良さが解らないのは、米軍のシャーマン戦車です。色々な車種が有りますが、全部同じにみえます。



s-4ドイツ戦車には、歯が立たない代わりに、物量で押さえつけ、我が皇軍相手には、こちらの戦車の火力が、小さく装甲が薄い事を、いいことに、力押しに攻めたてる、嗚呼なんで、我が軍に88ミリ砲が、無かったのか。


s-5こんな、妄想にも近い事がつい頭に浮かんできて、どうしても好きになれません。我が軍の戦車隊の戦記は、悲しいくらいに、劣勢な戦闘が、多いのです。


s-6話は、変わりますが、最近私は、息子と二人で、水木しげるさんの著書にはまっています。
そうあのゲ、ゲ、ゲの鬼太郎の、水木さんです。


s-7いや、べつに鬼太郎の漫画を読んでいる訳ではないんです。あの方は、ご存知の様に南方戦線で、左腕を無くしています。その軍隊時代の生活や、幼いころからの話、戦後の動乱期の話や、鬼太郎が世に出るまでの、40代前半まで続いた赤貧時代のお話などなど、



s-8まあ今時の、中学生の息子が面白いと、言うのですから、宜しければ購読あれ。公立の図書館なんかにも、結構置いてあるに、驚きました。息子が借りてくるので、本代が掛からず、助かっています。


s-9その本の中に、玉砕と云うコミック本が有りました。水木さんの存在は、ありませんが、彼が体験した実話です。彼が赴任した地は、あの有名なラバウルがある、ニュウブリテン島です。


s-10米軍の上陸で、まだ戦う能力が残っているのに、部隊長が、副官のゲリラ戦術の意見を、聞き入れず夜間切り込みを行い、玉砕の打電と共に、消滅した部隊のお話です。


s-11しかし、玉砕と云うのは、必ず何パーセントかは、生き残るものなのだそうです。この事が、ラバウルに駐屯する本隊の知るとことなり、わざわざ参謀が、出向き説得し、再度夜間切り込み突撃となるのです。


s-12はたして、その突撃玉砕を説得した参謀は、突撃の最中、指揮を他の将校にさせ、自分は、後を見届け報告の使命があると、逃げるのです。


s-13これは、お話の中だけかと思いきや、当時よくある話で、たいていの場合この様に、頃合を見て、脱出していたそうです。


s-14恐ろしい話です。玉砕の打電を打った以上、生き残りの兵が、居ては他の兵隊の士気にかかわり、何より上への報告が、出来ない。その為命からがら輸送船で、かの地にたどり着き、納得のいかない総突撃で、生き残った貴重な見方を、再度死地に追いやるのです。


s-15巻末にこの話は、90パーセント以上本当の話です。とむすんでいました。皆様もよろしければ、一度読んでは、いかがでしょうか。本日も気が付けば、挨拶もなしに長々と書きつずりました。この辺で終わりにいたしましょう。また次回まで。あ、それから中下一号さん、新米美味しかったです。後方支援感謝
デワ.デワ.....
栄光の ドイツ空軍機
bf110-1皆様、健やかに御過ごしでしょうか、新高山です。秋も深まり近所では、稲刈り本番です。早今年も親戚
より、新米が届きました、有り難いことです。


bf110-3ここのとこ、ドイツ機が続いております、なぜか、私は、日本機と、ドイツ機が、好きです。物量で押し寄せて来る連合軍機に、なんとか一矢報いんと、持たざる国が、脳漿を絞った傑作機が好きです。


bf110-4このメッサーシュミットbf110や、2式偵察機、後の月光や、97重爆に、ハインケルHe111、そういえばHe111は、完成品が、有りますので今度載せましょう。などなど、個性豊かな機種が、沢山有ります。


bf110-5と言って、連合軍機が、全く嫌いかと言うと、さにあらず、B17や、B24、TBYカタリナ、ドーントレスに、ヘルダイバー、アベンジャーなどなど、こうして挙げると結構有りますねー。


bf110-6しかし、F4Fや、同じくF6F、P47に51 ハリケーンなどは、今の若者の流行歌と同じで、皆同じ様に見え、個性が、感じられません。


bf110-7ようは、ごつごつして、何処か不恰好で、洗練されていない機体が、すきなのです。そんな飛行機が、大戦末期、劣勢極まりない戦さ場で、連合軍の兜首をあげた戦記などを読むと、溜飲が、下がります。


ju87-2そんな一つが、このユンカースJu87、スツーカです。このスツーカのいく所、全ヨーロッパから北アフリカまで、悪魔が飛来したと恐れられたそうです。


スツーカー3主脚に取り付けた、発電機用のプロペラでサイレンを鳴らしての、急降下爆撃は、敵に心理的効果を与えるのに、極めて高い効果があったそうです。


99艦爆ー4しかし、帝国海軍の99艦爆と同様、その低速は、如何ともし難く次第にその戦いの場は、夜が、主戦場となぅっていくのです。


スツーカー2このスツーカと、99艦爆は、前にお見せした写真です。パソコンは、ほんと便利ですねー。今日は、とりとめの無い話を長々といたしました。これからも私の物差上での、個性的な機種を作っていきます。先日少しお見せしたスチュアート戦車、おおかた外塗りが終わりました。完成の暁には、またベラベラ、長話と一緒にお見せいたします。


ダイエット兵士それでは、皆様、次回の講釈まで、ご機嫌よう。デワ.デワ....

鉄道屋が作った、対地攻撃機のスペシャリスト
ヘンシェルー1ヘンシェルHs129です。航空機会社としてのヘンシェル社の創設は、1933年からですが、それ以前は、鉄道車両メーカーだったそうです。


ヘンシェルー2全幅14、2m、全長9、75mと単発エンジンでもいいような大きさに、ノームロン14M4/5 700馬力エンジンを二基搭載しています。最大速度470km/h 航続距離560km、ドイツ機は、総じて飛行航続距離が、短い。武装は、機首に30mm機関砲一問、20mm機関砲2門、7,92mmMG17 2基を、装備していました。


ヘンシェルー3写真の機種は、75mm対戦車砲を、機首に槍の様に突き出して装備したものです。陸軍の1,5トンもある対戦車ほうです。最大で12発の弾薬を積みました。発射時の衝撃たるや、この小さな機体には、強烈だったそうです。


ヘンシェルー4対地攻撃のため、敵放火の被弾に徹底的に防御強化した機体なるうえの成せるものでしょう。大戦末期ソ連の、T34を、一撃で撃破する様は、ドイツ地上軍からは、鉄の缶きりの愛称で、呼ばれました。


ヘンシェルー5同時期くらいに、ユンカースJU88にも、同じ様に75mm対戦車砲が、積まれました。しかしHs129の方が、戦果が、JU88より上がったのは、Hs129の方が、遅かったからです、皮肉なことに、高速のJU88は、速いがために、命中が、難しかったのです。


ヘンシェルー7こんな飛行機が、出てくるほど、ソ連戦車は、脅威だったのでしょう。Hs129の攻撃能力は、現代の米空軍A10にも、匹敵するそうです。海に囲まれたわが国の戦さと違って、大陸の戦さは、対地兵器も、奇想天外なものが、出てきます。
まさに、空飛ぶ大砲です。


bf110-2と言った所で、これ以上書いても、面白いことが、浮かんでこないので、この辺で終わります。
次回は、この機首を予定しております。デワ.デワ.....


URL飛行機2話は、変わりますが、某国営放送の、朝の連続テレビ小説、芋たこなんきん、面白いですねー
役者さんも、ベテラン揃いで、時代背景が、自分の子供時代で、懐かしい気持ちになります。
世界初の、実用ロケット機、コメット
コメットー1月もあらたまり十月、秋本番になりました。皆様健やかにお過ごしでしょうか、新高山です。
さて、本日の題目は、メッサーシュミットMe-163B、KOMETです。


こめっとー2コメットは、世界最初の、ロケットエンジンを、搭載し、実用化したロケット戦闘機でそす。1936年に、ドイツ航空研究所で、開発された、ロケットエンジンを用いて、アレクサンドル、リビッシュと云う、いかにもドイツ人らしい名前の教授が、機体設計を担当しました。


コメットー2彼は、以前より、無尾翼機の研究に、熱心でメッサーシュミット社に、移ってから、それまでの研究の集大成として、出来上がったのが、Me163です。


コメットー4エンジンである、ワルターR11-203の改良や、高度4000メートルまで曳航後、ロケットを点火しての飛行実験などを、繰り返し、1942年に、先行試作機として、70機が、生産されました。


コメットー5しかし、どの機種もそうでしょうが、とりわけこの未知のゼットエンジンのテストパイロットは、怖かったのでは、ないでしょうか。こんな小さな機体に載せられて、高度4000メートルまで連れて行かれ、ロケット点火、何とその時の速度は、1000km/hを記録したそうです。それだけで、鉄十字章ものでは、ないでしょうか。、ロケット燃料の比率が、少しでも狂えば、爆発、炎上したと云う記録も、有ります。


コメットー6さあそこで、コメットの武装、及び戦法です。タイプにより異なりますが、写真のタイプは、主翼付け根部分に、30ミリ機関砲、2門装備しています。機種によっては、胴体上面又は、翼下に、ロケット弾を、装備したものが、ありました。申し遅れましたが、主翼は、付け根部分からさきは、物資不足もありまして木製です。航続距離80Km、約8分から10分、最高速度950km/hの飛行には、十分耐えられました。


コメットー7木製と云っても、特別な加工をした圧縮合板です。鉄が無いから木で作ったとは、違います。研鑽を積んだ成果の国力なのです。敵爆撃機を、迎撃する、その一点に絞られて開発された迎撃機です。待ち伏せをする、航続距離は、ありません。敵爆撃機編隊来襲と共に離陸、トローリー式の車輪を放棄、毎分11,800付フィートの驚異的な上昇力で雲霞の如き連合軍爆撃群に突入していくのです。


コメットー8搭乗員は、これからが、忙しい、3秒で目標を、捕捉し照準、攻撃。極めて高速の攻撃を、1回無いし2回行います。攻撃は、我が帝国陸海軍、航空隊とよく似ています、翼下の24基のロケット砲や、敵機の腹の下から、4基のロケット弾を、本機の背中から打ち上げたり、30ミリ機関砲を、発射したり、月光や、彗星、屠竜が、やっていたのと、似ています。


コメットー6しかし、コメットの悲劇は、攻撃後なのです。燃料を使い果たし、滑空で基地に、胴体下の引き込み式ソリを、使って正に、滑りこむのです。運よく滑り込めれば良し、低空でグライダーと化したMe-163は、連合軍戦闘機の格好の目標となるのです。


ヘンシェルー6Me-163のお話は、この辺にしておきましょう。現在でも、我が日本と、ドイツが、世界でも地対空装備に力を入れているそうです。先の大戦が、、両民族のDNAに、空襲の恐ろしさと、制空権の大事さを、刻み込んだのでしょうか。次回も、またまた、ドイツ機でまいります。


アベンジャー朝晩が、ヒンヤリしてまいりました。お風邪など召されないよう、ご自愛くださいませ。
デワ.デワ...



BlogPeople

Copyright (C) 2011 JUGEM Some Rights Reserved.

Powered by ロリポブログ