
本日の題名のような、電文を打電できた母機が、果たして存在したでしょうか、
挨拶が遅れました、皆様お変わりありませんか、新高山です。

今回は、母機に、体当たり専用の有人ミサイルを、吊り下げて、洋上遥か敵の空母群を、目指して出撃していった、一式陸攻と桜花搭乗員のお話です。

私がもし、当時の日本軍兵器の中で、どれに一番乗りたくないかと聞かれれば、真っ先に人間魚雷回天と、この桜花を挙げます。

十死零生の、特攻機の中でも、人が、ミサイルや、魚雷そのものに、乗って体当たりして行くのです。
なんとも、悲しい兵器です。

特攻自体私は、勝算の無い、作戦とも呼びがたい行動だと思います。それなのに母機に吊り下げて、敵の見える所まで運ぶと云う、冷静に考えてくださいと、言いたくなります。

そんな事が可能ならば、なにも人間ミサイルでなくても、雷撃でも可能なはずでは、ないでしょうか。、黎明、薄暮攻撃なら、生還率は、極めて低いですが、零では、ないはずです。
その戦法が通用しなくなったから、手も足も出せなくなったと云うのが現状のはずです。桜花を抱いたところで、なにも事態は、変化していません。

機首に1200キロの、炸薬を積んだ重い桜花を、大戦末期ガタのきた機体の腹に抱き、錬度未熟な搭乗員が多く乗る直援隊戦闘機に護られて、まず敵艦載機の迎撃を受けます。

ここでまず、ワンショット、ライターの異名を取る一式陸攻は、桜花を抱いて母機もろとも撃墜されます。一機撃墜されれば、七名の搭乗員と、桜花搭乗員の計八名の貴重な搭乗員を失うのです。一体上層部は、何を考えていたのでしょうか。

運よく、敵機迎撃線を通過してもこんどは、ピケットラインが待っています。空母群本体の数十キロ手前で、敵防空艦隊の猛烈な対空砲火の、弾幕の中を、潜り抜けねばなりません。

VT信管装着の砲弾幕の中を、無事潜り抜けるのは、不可能と言っていいでしょう。直撃命中せずとも、目標物を感知して、近いところで勝手に炸裂するのですから、たまったものではありません。

刀折れ矢尽きて、満身創痍で、やっと敵空母群が、見えてくるのです。ただし偵察員のはじき出す進路が間違っていなければです。けして最短距離で、真っ直ぐに飛んでたどり着けるものでは、ありません。コースは、千変万化したはずです。

そこでやっと、高度3500メートルと言う、非常に狙い撃ちされやすい高さから、桜花を滑空又は、ロケットを噴出させながら、突入させるのです。推力800kg×3の火薬ロケットの燃焼時間は、僅かに九秒たらずです。

最大時速648キロを蹴って見事舞中すれば良し、途中操縦ミスや、機材故障で墜落という可能性もおおいに考えられます。

ひとたび命中すれば、炸薬数1200キロのミサイルですから、戦闘空母でも撃沈されってしまいます。当たり場所が悪くても、戦闘不能は免れません。ただしその命中までの艱難辛苦は、いままで述べたとうりです。

こんな効率の悪い、搭乗員の命を鶏毛ほどにも思わない、人間爆弾を、昭和20年1月以降終戦まで、約850機も生産したそうです。何度も言いますが、上の者は一体何を考えていたのでしょうか。こんなものは、作戦とはとうてい呼べないものでは、ないでしょうか。

私は、芙蓉部隊で知られる、美濃部正少佐の戦さぶりが好きです。いったん負け始めるとカットナリ、「だめなら、華と散る」「どうにでもなれ」と日本人にありがちな短絡的な考えではなく、特攻ありきの悲惨な戦況下で、ひたすら正攻法で、地道に戦い抜いた夜間戦闘機隊長です。

当時特攻ありきの無能な作戦が、跋扈する中、我が隊は、特攻隊にあらずと、海軍上層部を跳ね除け、日本人離れした、ねばり腰の強さで、終戦まで夜の沖縄の空を、主戦場に戦い抜き、かつ戦果を上げ続けたのです。この辺の話になると、また長くなりますので、この辺にしておきます。
それでは皆様、お風邪など召されないよう、次回までお元気で、でわ.でわ.....